組織の隠れたリスク:「言い訳嘘つき体質」人材の見分け方と対処法【完全版】
- 吉田 薫
- 9月4日
- 読了時間: 9分

〇はじめに:身近にいる「厄介な同僚」の正体
「あの人はいつも言い訳ばかり」「話が長いのに要点が見えない」「なぜか責任を取らない」――。こうした人物に心当たりはないだろうか。実は、言い訳を頻繁にする人と嘘をつく人の間には、心理学的に深い関連性がある。そして、このタイプの人材が組織に与える影響は、想像以上に深刻なのだ。
〇なぜ言い訳と嘘は関連するのか?心理学的メカニズム
認知的不協和理論(フェスティンガー理論)
アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって1957年に提唱された認知的不協和理論は、人が自身の認知とは別の矛盾する認知を抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す社会心理学用語です。
フェスティンガー・カールスミス実験では、被験者を2つのグループにわけ、両グループに60分間ごく退屈なつまらない作業を実施させました。そして、一方のグループには作業の対価として1ドルと低額な報酬を条件とし、もう一方のグループには20ドルと高額な報酬を条件としました。結果として、報酬が少なかったグループの方が「作業は楽しかった」と評価する傾向が強く現れ、認知的不協和を解消するために認知を変化させることが実証されました。
人は自分の行動と価値観の矛盾を感じると心理的不快感を覚え、それを解消しようとします。言い訳は、この不協和を減らすための手段として機能することがあり、時には事実を歪曲したり、小さな嘘を交えることで自分を正当化しようとします。
自己奉仕バイアス
自己奉仕バイアス(Self-serving bias)は、成功を当人の内面的または個人的要因に帰属させ、失敗を制御不可能な状況的要因に帰属させることです。成功したときは自分自身の能力によるものであり、失敗したときは自分ではどうしようもない外的な要因によるものだと思いこむ考え方です。
この時、外的要因を強調するために、実際よりも状況を悪く描写したり、細部を誇張したりすることがあります。「成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい」と考える心理現象が強い人は、自覚なく責任逃れをする傾向があります。
合理化という防衛機制
「防衛機制」とは、心理学の創始者フロイト(ジークムント・フロイト)の研究を基に、娘のアンナ・フロイトが発展させ、体系化した、人間による自己防衛の心理メカニズムです。
人は受け入れがたい現実や自分の失敗を受け入れる代わりに、もっともらしい理由を後付けで作り出します。この過程で、客観的事実よりも自分にとって都合の良い「解釈」を選択し、時には事実を微調整したり脚色したりします。この防衛機制が働くことで「失敗を外的要因とする=防衛反応」となって表れるため、言い訳体質が形成されます。
〇危険信号:言い訳嘘つき体質の特徴
心理的特徴
外的統制感:物事の結果は自分以外の要因に左右されると信じている
自己愛的傾向:自分のイメージを保護することを最優先にする
低い挫折耐性:失敗や批判に対する耐性が低い
完璧主義の裏返し:失敗を認めることが自己価値の全否定に感じられる
典型的な口癖と行動
口癖チェックリスト:
「でも」「だって」「ただ」で始まる発言が多い
「私だけじゃないです」「みんなもやってます」
「時間がなくて」「忙しくて」を多用
「言われてなかった」「聞いてない」
「○○さんが」「システムが」「環境が」(他責的表現)
決定的な行動パターン:
資料の提出がない:証拠隠滅本能、曖昧さの利用
話が長い:煙幕効果、疲弊戦術、時間稼ぎ
謝罪しない:責任認定の回避、自己イメージの保護
一見魅力的に見える理由
このタイプの人材は、往々にして表面的には「優秀」に見えることがある:
口が達者で、プレゼンテーション能力が高い
人当たりが良く、コミュニケーション上手に見える
アイデアが豊富で、企画提案力がある
一見もっともらしい説明をする能力に長けている
〇組織への深刻な影響
組織内への影響
信頼関係の連鎖崩壊
チーム全体の疑心暗鬼
報告システムの機能不全
優秀な人材の離職
責任回避の文化形成
業務効率の著しい低下
その人の仕事だけ特別な確認作業が必要
会議時間の無駄な延長
プロジェクト遅延の常態化
管理コストの増大
クライアントへの影響
「この会社は責任を取らない」という評判の確立
納期遅延の常習化
品質問題の隠蔽
契約解除、業界内での悪評拡散
企業イメージへの影響
ブランド価値の毀損
採用活動での悪影響
パートナー企業からの距離
デジタル時代特有のリスク(SNS炎上等)
〇最も危険なケース:変革プロジェクトの主導
なぜ変革系業務が危険なのか
言い訳体質の人にとって「変革プロジェクト」は理想的な環境:
結果の評価が困難
外部要因が多く責任転嫁しやすい
前例がないため「誰もやったことない」で逃げられる
失敗時の言い訳への注目が分散される
特に警戒すべき提案
DXプロジェクト:全社的影響、巨額予算、不可逆性
働き方改革:ホラクラシー型組織など抜本的変革
イノベーション創出:長期プロジェクト化、予算規模拡大
典型的な失敗パターン: 1年目:「仕込みの年」→2年目:「まだ成果は出ないが手応えあり」→3年目:「外部環境の変化で方向転換が必要」→4年目:プロジェクト自然消滅
〇逃れられない状況:上司・クライアントが言い訳体質の場合
上司が言い訳体質の場合:サバイバル戦略
基本的な心構え: 言い訳体質の上司を変えることは極めて困難です。「改善を期待する」のではなく「自己防衛しながら共存する」ことに集中しましょう。
具体的対処法:
1. 物理的・心理的距離の確保
責任転嫁する人は細胞レベルで他人にミスや責任を押しつけてくるので、指摘しても改善は期待できません
可能な限り直接的な業務関係を避ける
他の管理職との関係を強化し、複数の報告ルートを確保
感情的にならず、事実ベースでの冷静な対応を徹底
2. 徹底的な記録管理
すべての指示を文書化(メール、チャット等)
会議の録音(法的に問題ない範囲で)
第三者の証人を確保
「言った・言わない」の状況を作らない
3. 責任回避型コミュニケーション
曖昧な指示は必ず確認を取る
重要な決定は複数人での確認
問題が起きそうな場合は事前にアラート
自分の判断で動かず、常に上司の承認を求める
4. 上位組織との関係構築
上司の上司との良好な関係を維持
他部署のキーパーソンとのネットワーク構築
人事部や労働組合との相談ルート確保
クライアントが言い訳体質の場合:契約防衛戦略
基本的な心構え: 問題のあるクライアントとの関係では、「信頼ではなく仕組みで対応する」ことが重要です。
具体的対処法:
1. 契約・仕様の明文化
契約書や仕様書の詳細化
責任範囲の明確な定義
変更時の承認プロセスの明文化
支払い条件の段階的設定
2. コミュニケーションの文書化
重要事項は口頭・メール・文書で三重確認
議事録の共有と承認プロセス
変更指示は必ず文書で受領
定期報告の義務化
3. 責任転嫁法の活用 営業の世界で使われる責任転嫁法とは、お客さんがとても呑むことができない無茶な要望を出してきたときに、「私としてもなんとかしたいんですが、当社の規定がこうなっておりまして」というように、要望がのめない理由を、「会社」や「組織」や「規定」にせいにする、という手法です。
無理な要求には「会社規定」で対応
個人的な判断ではなく組織的な決定として説明
代替案の提示による建設的な対応
4. エスカレーション体制の構築
問題発生時の社内報告ルート
法務部門との連携体制
必要に応じた弁護士等専門家の活用
最悪の場合の契約終了プロセス
〇一般的な実践的対処法
予防策:採用・配置段階
面接での見分け方
過去の失敗経験について質問する
具体的な成果とその根拠を詳しく聞く
チームワークでの役割について深掘りする
責任感を問う場面設定の質問をする
部下として対応する場合
短期的対応
事実確認の徹底
録音・文書化による記録保存
第三者同席の重要性
小さな成功体験の積み重ね
長期的育成
心理的安全性の提供
明確な期待値の設定
定期的なフィードバック
適性に合った業務配分
上司・同僚として関わる場合
「改善」ではなく「管理」への切り替え
業務の見える化システム構築
責任範囲の限定
コミュニケーションのルール化
期待値を下げる現実的対応
〇危機管理:問題発生後の対処法
証拠収集と現状把握
すべての発言・行動を記録
第三者の証人確保
組織への実害調査(従業員満足度、生産性指標、離職者数)
典型的言い訳パターンの予測と準備
段階的修正戦略
「改良」という名の撤退準備
❌「失敗だから戻そう」
✅「より良いシステムに改良しよう」
✅「段階的な完成度向上を図ろう」
言い訳・嘘への対処法
事実で追い詰める戦術
データを突きつける
過去の発言との矛盾を指摘
具体的改善策を期限付きで要求
逃げ道を塞ぐ質問の準備
〇精神的負担軽減のための心構え
現実的な目標設定
1. 完璧を求めない
60-70%の成果で良しとする割り切り
相手を変えることへの期待を捨てる
「そういう人だから仕方ない」という受容
2. 他への投資
エネルギーを建設的な関係に向ける
スキルアップや転職準備への時間投資
メンタルヘルスの維持
3. 記録の価値を理解する
証拠は「将来の自分を守る保険」
面倒でも継続することの重要性
問題が表面化した時の強力な武器
〇まとめ:組織防衛の重要性
言い訳嘘つき体質の人材は、表面的な魅力とは裏腹に、組織に深刻な被害をもたらす可能性がある。特に変革プロジェクトを主導する場合、その影響は計り知れない。
重要なのは早期発見と適切な対処である。
採用段階での慎重な見極め
配置・昇進時の適性判断
日常業務での継続的観察
問題発生時の迅速な対応
組織の健全性を保つためには、「人当たりの良さ」や「口の上手さ」に惑わされず、事実ベースでの冷静な判断が不可欠だ。そして何より、このタイプの人材に組織の重要な変革を任せてはならない。
最後に忘れてはならないのは、問題のある人材への対応は「改善」ではなく「管理」である、という現実的な視点だ。完璧な解決策は存在しないが、適切な管理により組織への被害を最小限に抑えることは可能である。
この状況は「組織の現実」として受け入れつつ、自分自身を守る戦略を立てることが最も重要なのである。
参考文献・学術的根拠
心理学的理論:
レオン・フェスティンガー(1957)「認知的不協和の理論:社会心理学序説」
フェスティンガー・カールスミス実験(1959)による認知的不協和理論の実証
アンナ・フロイト:防衛機制の体系化
自己奉仕バイアス研究:成功・失敗の帰属理論
組織行動学的視点:
責任転嫁行動が組織に与える影響についての研究
マネジメント理論における問題人材の対処法
職場の心理的安全性に関する研究
本コラムは実際の組織運営経験と学術的研究に基づく実践的な内容であり、特定の個人や企業を指すものではありません。組織の健全な運営の参考として活用ください。
