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あなたの会社を壊すのは「悪人」ではなく「善人」かもしれない――北越高校バス事故が中小企業経営者に突きつけた不都合な真実

2026年5月6日、福島県の磐越自動車道で一人の高校生が命を落とした。

北越高校(新潟市)の男子ソフトテニス部が遠征に向かう途中、乗っていたマイクロバスが右カーブでガードレールに激突し大破。生徒20名が乗車しており、1名が死亡、複数名が重傷を負った。

報道が進むにつれ、事故の背景に「白バス行為」の疑いが浮上した。手配されたバスは第二種免許を持たない運転手が運転する白ナンバーのレンタカーであり、道路運送法が禁じる違法運送にあたる可能性がある。北越高校とバス会社「蒲原鉄道」の間では説明が食い違い、書面契約も存在しなかった。

マスコミは「誰が悪いのか」を追いかけた。しかし私は、この事故の本当の恐ろしさはそこにはないと考えている。

最も危険なのは、この事故に関わった全員が「善意で動いていた」可能性が高いことだ。


〇善意が揃った瞬間、組織は無防備になる

少し想像してほしい。

部活顧問は言ったかもしれない。「生徒に一つでも多くの遠征経験を与えたい。でも予算が足りない。なんとかならないか」と。

蒲原鉄道の営業担当は応えたかもしれない。「長年お世話になっている学校だ。予算内でなんとかしてあげたい」と。

運転手は引き受けたかもしれない。「頼まれたから」「困っているなら力になりたい」と。

保護者たちは信じたかもしれない。「学校が手配してくれたなら安全だろう。先生はいつも生徒のために頑張っている」と。


誰一人、「違法なことをしよう」とは思っていない。誰一人、生徒を危険にさらそうとは思っていない。それでも、一人の高校生が亡くなった。

これが「善意によるガバナンス崩壊」の恐ろしさである。


〇「逸脱の正常化」――3年間、誰も気づかなかった理由

報道によれば、北越高校の部活遠征でレンタカーが使われ始めたのは少なくとも3年前からだという。

最初の遠征は無事に終わった。次も、その次も。「問題ない」という成功体験が積み重なり、やがてそれは「いつものやり方」になった。


社会学者ダイアン・ヴォーンはこれを「逸脱の正常化(Normalization of Deviance)」と呼ぶ。1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故を分析して提唱した概念だ。小さなルール違反が繰り返されて何も起きないと、それが組織の「普通」になる。警戒心が薄れ、やがて誰も問題視しなくなる。


これは北越高校だけの話ではない。

あなたの会社にも「なんとなく続いている慣行」はないだろうか。「昔からこうやっている」「ここだけの話、みんなやっている」「大事になったことがないから大丈夫」――そう言い訳しながら続いていることが。

問題が起きていないことと、問題がないことは、まったく別のことだ。


〇善意は最強の「反論封鎖装置」である

善意による逸脱がなぜ止まらないか。その最大の理由がここにある。

「生徒のためにやっているんだ」という文脈の中で、「それは法令違反では?」と言える人間は、組織の中でほぼ存在できない。異議を唱えた瞬間、「あなたは生徒のことを考えていない」という構図にすり替わる。


企業でも同じことが起きる。

「お客様のために無理をしている営業マン」に対して、「それはコンプライアンス違反では」と言えば、「現場をわかっていない」「売上より規則が大事なのか」と返ってくる。「仲間のために残業している管理職」を指摘すれば、「労働基準法より義理人情か」という空気になる。

善意は最強の反論封鎖装置として機能する。そして組織の免疫系を静かに破壊していく。


免疫を失った組織では、やがて「おかしい」と感じる人間が異物として排除される。正常な判断を下せる人間がいなくなる。そうして組織は、外部からの「引き金」に対して完全に無防備になる。

今回の「問題のある運転手」がその引き金だった。


〇発覚した時、全員が「共同正犯」になる

ここが経営者に最も理解してほしい点だ。

悪意による不正が発覚した場合、「膿を出した」として組織が再生できる可能性がある。悪人を特定し、排除し、再発防止策を打てばいい。

しかし善意による慢性的なガバナンス逸脱が発覚した時は、事情がまったく異なる。

加担者は組織の全員だ。内部告発者は存在しない――全員が「正しいことをしている」と思っていたのだから。組織は「悪意はなかった」と説明しようとするが、それは免罪符にならない。外部からは「組織ぐるみ」と見なされる。


北越高校も蒲原鉄道も、今まさにこの状況に置かれている。善意で動いていた全員が、結果として組織崩壊の共同正犯になってしまった。

これは、他人事ではない。


〇「意識改革」では止められない

多くの企業がコンプライアンス研修を実施する。「法令を守る意識を持とう」「倫理的に行動しよう」と繰り返す。

しかしそれだけでは、善意の逸脱は止められない。

善意で動いている人間に「コンプライアンス意識を持て」と言っても、本人はすでに「正しいことをしている」と確信している。意識の問題ではなく、構造の問題だからだ。

有効なのは「意識」ではなく「構造」で防ぐ設計である。

善意があっても、物理的に越えられない壁を作る。

例えば、今回の事故に当てはめるなら――

白ナンバー車両が到着した時点で「出発承認システム」が機能していれば、顧問の善意・判断に関わらず、そこで止まった可能性がある。契約書の提出が出発の条件になっていれば、書面なしでの運行は物理的に不可能だった。


「No」と言える人間を外部に置くことも不可欠だ。 

善意に満ちた組織の内側に、善意に対して「No」と言える人間は育たない。第三者の目が必要な理由はここにある。


〇経営者が今すぐ問うべき3つの問い

この事故を教訓として、あなた自身の組織に問いかけてほしい。

問い① 「なんとなく続いている慣行」はないか

正式な手続きを省略したまま定着していること、「うちだけの特別なやり方」として慣行化していることはないか。問題が起きていないことを「問題がない証拠」と思い込んでいないか。


問い② 「善意の声」に誰も反論できない構造になっていないか

「お客様のために」「社員のために」「会社のために」という言葉が、異論を封じる武器になっていないか。「それはおかしい」と言える人間が、組織の中に存在できているか。


問い③ ガバナンスは「意識」に依存していないか

チェック機能が特定の人間の「誠実さ」「注意力」「判断力」に依存していないか。その人間が変わっても、組織が倒れない仕組みになっているか。


〇最後に

一人の高校生の死は、取り返しがつかない。

しかし私たちにできることは、この死を「他人の不幸」として消費するのではなく、自分たちの組織を点検する機会にすることだ。

あなたの組織を壊すのは、悪意を持った敵ではなく、善意を持ったあなたの仲間かもしれない。

善意を否定する必要はない。善意は組織の活力であり、人を動かす力だ。

ただし、善意は「制御された状態」でなければならない。善意がガバナンスを侵食する経路を、構造的に遮断する。それが経営者の、最も重要な仕事の一つである。

北越高校の事故が問いかけているのは、犯人が誰かではない。

「あなたの組織は、善意という名の毒に、気づかず侵されていないか」

その一点だ。


本コラムは、2026年5月に発生した北越高校部活遠征バス事故の報道をもとに、コンプライアンス・組織ガバナンスの観点から考察したものです。事故で亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

K&A Project LLC 代表パートナー 吉田 薫 DX推進・組織開発・RPA実装コンサルタント ak-analytics.jp


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