その『困った』、誰が解決していますか?〜中小企業のIT・AI人材不足という見えない危機〜
- 吉田 薫

- 12 分前
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月曜日の朝、9時15分。製造業を営む佐藤社長の携帯電話が鳴った。
「社長、すみません。パソコンが動かなくなって...営業資料が開けないんです」
営業担当の田中からだ。今日は午後から大口顧客との商談が控えている。その提案資料が開けないという。昨日までは普通に動いていたはずなのに。
佐藤社長は予定していた銀行との打ち合わせを急遽リスケし、会社に戻った。田中のパソコンの前に座り、再起動を試す。変わらない。ケーブルを確認する。問題ない。スマホで「パソコン 起動しない 対処法」と検索し、表示された手順を一つずつ試していく。
気づけば2時間が経過していた。結局、近所のパソコン修理店に持ち込むことになり、修理完了は明日以降。田中の商談は延期せざるを得なくなった。佐藤社長の午前中の予定は全て吹き飛び、銀行からは「また今度」と冷たい返事。
「たかがパソコン一台で、なんでこんなことに...」
佐藤社長は深いため息をついた。こういうことが、月に2回、3回と起きている。そのたびに、経営者である自分が、パソコン修理係になっている。
〇社長が、IT作業員になっている
私がこれまで支援してきた中で、最もよく見る光景がこれだ。社長が、本来の経営業務ではなく、IT関連のトラブル対応に時間を奪われている。
ある日、私が訪問した建設会社の社長は、午前中ずっとプリンターと格闘していた。新しく買ったプリンターが、どうしてもネットワークにつながらない。設定画面を開いては閉じ、マニュアルを読んでは首をひねり、メーカーのサポートセンターに電話をかけては、30分待たされている。
「いやあ、これで今日も午前中が終わりですよ」と、社長は苦笑いした。
計算してみよう。その社長の時給を、控えめに見積もって5,000円とする。年収1,200万円程度の経営者なら、これくらいの時給になる。午前中4時間をIT作業に使えば、2万円。これが週に10時間なら月に20万円、年間で240万円のコストだ。
そして、もっと大きな損失がある。その時間、本来なら何をしているべきだったか?新規顧客開拓の戦略を練る。従業員のモチベーション向上策を考える。次の事業展開を構想する。そういった「経営者にしかできないこと」をする時間が、プリンターの設定に消えていく。
〇その「詳しい人」がいなくなったら
多くの会社には「パソコンに詳しい社員」がいる。たいてい若手で、趣味でパソコンをいじっている人だったり、前職でちょっとITに触れていた人だったりする。その人が、社内の非公式IT係として、あらゆる問題を解決してくれている。
金属加工業を営むA社にも、そういう社員がいた。入社3年目の山本という青年で、彼に聞けば大抵のことは解決した。パソコンのトラブルも、エクセルの数式も、メールの設定も、全部山本が面倒を見てくれていた。社長も、他の社員も、「山本がいるから大丈夫」と安心していた。
ところが、ある日突然、山本が退職届を出した。より大きな会社からヘッドハンティングされたという。引き継ぎ期間は2週間。山本は丁寧に説明してくれたが、正直、他の誰も理解できなかった。
山本の退職後、問題が次々と噴出した。メールサーバーのパスワードがわからない。顧客データベースのバックアップ方法がわからない。会計ソフトが突然エラーを出したが、誰も対処できない。
私が呼ばれたのは、その2週間後だった。会社は半分パニック状態だった。取引先からのメールに返信できず、見積もりも出せず、「最近、A社の対応が遅い」と取引先から不信感を持たれ始めていた。
復旧作業に1ヶ月かかった。その間の機会損失は、計算できないほど大きかった。そして何より、大口顧客を1社失った。長年の付き合いがあった会社だったが、「最近の対応を見ていると、ちょっと不安で...」と、取引停止を告げられた。
たった一人の「詳しい人」に全てを依存していた代償は、あまりにも大きかった。
〇競合は、もう次のステージに進んでいる
最近、こんな話をよく聞く。「ライバル会社の営業マン、なんか様子が変わったんですよ」と。
以前は同じくらいの提案スピードだったのに、最近は見積もりが異様に早く出てくる。提案書の質も上がっている。商談でのプレゼンテーションも、以前より洗練されている。
実は、彼らはすでに動き始めている。ChatGPTを使って提案書のたたき台を作り、クラウド会計で経理処理を自動化し、顧客管理システムで過去のやりとりを瞬時に検索している。
ある住宅リフォーム会社の社長は、こう嘆いた。「競合のB社、最近やたら強いんですよ。見積もりは翌日には出てくるし、提案内容も以前より充実している。聞いたら、AIとかクラウドとか使ってるって。うちはまだ全部手作業ですからね...」
この差は、1年後、3年後、5年後にどれだけ広がるだろうか。手作業で頑張っている会社と、テクノロジーを味方につけた会社。価格競争になったとき、どちらが有利だろうか。優秀な若手を採用しようとしたとき、どちらが選ばれるだろうか。
「でも、うちにはそんなITとかAIとか、わかる人間がいないから...」
そう思うかもしれない。でも、それは本当に「できない理由」なのだろうか?
〇武田信玄が天下を取れなかった理由
少し歴史の話をさせてほしい。
武田信玄は「戦の天才」として知られている。川中島の戦いでの戦術は、今なお軍事研究の対象になるほどだ。武田軍団は「最強の軍団」と恐れられ、織田信長でさえ、武田軍との直接対決を避けていた。
しかし、武田家は天下を取れなかった。その理由の一つは、戦には強くても、「内政」が弱かったからだと言われている。領地経営、商業振興、外交戦略。戦以外の部分で、専門家が不足していた。
一方、織田信長や豊臣秀吉は違った。彼らは自分にない専門性を持つ人材を、積極的に「外部」から招き入れた。千利休は茶道の専門家として文化戦略を担い、今井宗久は商人として経済を支え、竹中半兵衛や黒田官兵衛といった軍師が戦略を練った。
重要なのは、彼らの多くは「家臣」ではなく、必要なときに必要な知恵を借りる「協力者」だったということだ。抱え込むのではなく、使いこなす。それが天下人の発想だった。
現代の中小企業も同じではないだろうか。ITやAIという「専門領域」を、無理に社内で抱え込む必要はない。必要なときに、必要なだけ、専門家の力を借りればいい。

〇「うちには余裕がない」という思い込み
「そうは言っても、IT専門家なんて雇える余裕はうちにはないですよ」
この言葉を、私は何百回と聞いてきた。確かに、IT専門家を正社員として雇えば、年収600万円から800万円はかかる。社会保険料も、教育コストも発生する。しかも、一人だけでは、その人が休んだときに困る。
でも、考えてみてほしい。
あなたの会社には、税理士がいるだろうか?おそらく、顧問税理士はいても、税理士を「社員」として雇っている会社は少ないはずだ。月に数万円、年間で数十万円の顧問料を払い、必要なときに相談し、確定申告や税務調査の対応をお願いしている。
実は今、ITやAIの世界でも、同じ仕組みが広がり始めている。「出張情シス」「AIオーケストレーター」と呼ばれる専門家が、必要なときに必要なだけサポートしてくれるサービスだ。
月額2万円から。高くても月に数十万円。正社員を雇うよりはるかに安く、それでいて専門性の高いサポートが受けられる。しかも、複数の企業を支援しているため、他社の成功事例や失敗事例も知っている。
「でも、ITとかAIとか、難しそうで...」
その不安は、次回のコラムで解消したい。
〇5年後、あなたの会社はどちらになっていますか?
最後に、少し想像してほしい。2030年、5年後のあなたの会社を。
一つ目の未来。請求書の処理は自動化され、経理担当者は分析業務に集中している。営業マンはAIが作った提案書をベースに顧客対応をし、成約率が上がっている。社長は、パソコンのトラブルではなく、次の事業戦略を考えることに時間を使っている。従業員の残業は減り、満足度が上がり、「働きやすい会社」として求人にも良い人材が集まってくる。
もう一つの未来。相変わらず手入力、書類の山、終わらない残業。「効率化を進めた会社」との価格競争に巻き込まれ、利益率は下がり続けている。若手社員は「この会社、非効率すぎる」と次々に転職していく。人手不足が深刻化し、社長自身が現場作業をする日々。「あの時、何か手を打っていれば...」という後悔。
極端に聞こえるだろうか?でも、これは決して誇張ではない。実際、5年前から、この変化は始まっていた。そして今、加速している。
〇今日、あなたができること
このコラムを読んでいる今、紙とペンを用意してほしい。そして、社内の「困りごと」を3つ書き出してみてほしい。
パソコンのトラブル対応に、月に何時間使っているだろうか?経理処理や書類作成で、手作業に時間を取られている業務はないだろうか?そして、「この人がいなくなったら困る」という属人化した業務はないだろうか?
書き出すだけで、普段は見えていなかった「コスト」が見えてくる。そのコストが年間いくらになるのか、計算してみるのもいい。
次回は、その困りごとを解決する具体的な方法をお伝えする。「困ったときだけ来てくれる専門家」という新しい選択肢について。税理士と同じように、必要なときに必要なだけ使える、IT・AIサポートの形について。
難しい話ではない。あなたの会社でも、明日から始められる話だ。
次回:「『困った時だけ来てくれる専門家』という新常識」
出張情シスやAIオーケストレーターとは何か、何を任せられて、いくらかかるのか。そして、どうやって信頼できるパートナーを見つけるのか。具体的にお話しします。




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