フジテレビ×いわき信組──“沈黙の組織”が企業を壊す日
- 吉田 薫
- 4 日前
- 読了時間: 6分

「ガバナンス」「コンプライアンス」「内部統制」──耳馴染みのある言葉でありながら、実際には“他人事”としてスルーされがちなこの3つ。だが2024年から2025年にかけて、私たちはその“他人事”がどれほどの破壊力を持つかをまざまざと見せつけられる出来事に直面した。
それが、「フジテレビ旧ジャニーズ問題への対応」と「いわき信用組合の組織的不正融資」だ。
一見すると無関係な2つの組織。しかし、その根底には同じ問題構造が潜んでいる。──“沈黙”と“見て見ぬふり”だ。
■フジテレビといわき信組──構造は驚くほど似ている
【フジテレビ】
長年、旧ジャニーズ事務所に対して忖度的な報道を続けた。
性加害問題が明るみに出た後も、番組内での扱いは小さく、コメントも歯切れが悪かった。
「知っていたのに動かなかった」報道姿勢が問われ、ガバナンスの欠如が批判された。
問題の発覚は週刊誌による外部報道が端緒となった。
【いわき信用組合】
2019年から2023年にかけて、架空の融資や虚偽申請などにより、約9億円もの不正融資が実行されていた。
これは理事長だけの問題ではなく、部長・課長・一般行員に至るまで“知っていた”可能性が極めて高い。
会計検査院の報告によれば、上司からの「暗黙の指示」があり、異を唱える雰囲気がなかったという。
問題発覚の発端は、X(旧Twitter)上での内部関係者によるリークだった。
この2つの事案に共通するのは、組織内に「誰かが声をあげていたら、もっと早く止められたはずの行為」が存在していたこと。そして、誰も声をあげなかったことだ。
■“悪”よりも“沈黙”が組織を壊す
経営不正や不祥事の根底にあるのは、常に“悪意”だけではない。むしろ“悪”を見過ごし、口を閉ざし、傍観する多数派の存在が、問題を慢性化・悪化させる。
中小企業でもよくあるのは、次のような“沈黙の構造”だ:
上司がハラスメント的な言動をしても、誰も注意できない(空気が支配する)
非効率な業務や不正経理があっても、「言っても無駄」と諦めている
社員間で問題を共有していても、経営陣には届かない(届かせない文化)
実は、こうした“小さな黙認”が蓄積されると、いずれ“大きな問題”に発展する。まさに、フジテレビといわき信組がその実例だ。
■なぜ誰も止められなかったのか?
フジテレビもいわき信組も、表面上は“報道機関”や“地域金融機関”としての高い公共性を持つ組織だった。にもかかわらず、次のような共通項が浮かび上がる:
“空気”の支配:逆らえない雰囲気があった。「それは違う」と言えば“空気が読めない奴”になる。
内部告発の不在:内部通報制度があっても「誰も使わない」「使ったら自分が損する」と思われていた。
責任の分散:「誰の指示か分からない」「みんなやっていた」として責任が曖昧化。
経営陣の保身:「問題を表に出すと、自分の責任になる」という思考回路。
一般従業員の“自己保全”志向:組織の不正を知っていても「自分の身を守る」ことを優先し、あえて関与しない。
この5つ目は特に注目すべき点だ。近年の調査によると、職場の心理的安全性が低い環境では、従業員は問題を報告するより「関わらない」選択をする傾向が顕著だ(Google「プロジェクト・アリストテレス」など)。
■サイレント退職と“心理的安全性の欠如”の接点
いわき信組では、相談窓口はあったが相談件数はゼロ。フジテレビも同様に、社内に正式な機構があったにもかかわらず、番組内での是正行動や内部提言が記録されていない。ここには明らかに、心理的安全性の欠如がある。
心理的安全性とは、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「自分の考えを安心して発言できる職場環境」を指す。心理的安全性が低い組織では、以下のような行動が増える:
問題があっても見て見ぬふりをする
指摘すると責任を押し付けられると感じる
本音を言うより、無難な態度を取る
組織を変えるより、静かに離れる(サイレント退職)
つまり、「自己保全を優先する文化」と「発言の封殺」が常態化すると、従業員は“声を上げる”ことを諦め、“去る”ことでしか意思表示できなくなる。
■“ホワイトに見えるブラック企業”の共通点
フジテレビやいわき信組が象徴するのは、「制度上は問題がなさそうに見える企業」でも、内実では重大な欠陥を抱えているという点だ。
これは他のいわゆる“ホワイト風ブラック企業”にも共通する構造であり、特に以下のような兆候が見られる:
取締役にプロパー女性社員が存在しない
外部登用された女性役員はいるが、長年勤め上げた女性が経営層にいない場合、社内風土の硬直や多様性の欠如が疑われる。
“適正”な労務管理に満足し、職場の声を聞く姿勢がない
「有休取得率は高い」「残業は少ない」といった数値目標に満足してしまい、実際の職場の声や問題には耳を傾けない構造がある。
コンプライアンス部門が形式的で、実働していない
窓口はあっても「そこに相談しても何も変わらない」という無力感が広がっている。
“身内だけで固めた経営”と“場の空気”の支配
同質性の強い経営陣が構成されると、反論や異議が出づらくなり、組織は外部の変化に適応できなくなる。
従業員が「声を上げるより離れる」傾向を強めている
サイレント退職やエンゲージメントの低下が進行し、企業文化として内向き・受け身の姿勢が根付いている。
■リーク=発覚、だがリーク≠解決
フジテレビは週刊誌、いわき信組はX、日本郵便もまた告発サイト経由と、いずれも内部ではなく外部を通じて問題が発覚している。
これは、内部制度への不信感と、声を上げても変わらないという“諦め”の表れでもある。だが、外部リークには限界がある。情報は出たとしても、
組織内での原因究明や責任の所在が曖昧になる
情報提供者が特定され、逆に追い詰められるリスクがある
組織が防衛的になり、改革よりも隠蔽に走る
といった負の連鎖を引き起こすこともある。
つまり、リーク=発覚はしても、リーク=解決にはならない。
だがそれでもリークするのは、内部に「聞いてくれる誰か」が存在しないか、聞いてもらえるという希望すら持てないからだ。
■まとめ──組織を変える鍵は“沈黙の破壊”
フジテレビといわき信組の事例は、外からはホワイトに見える企業でも、内側に“沈黙”という名の腐食が進行していることを示している。
この沈黙を打ち破るには:
「本音が言える」環境づくりを経営陣が明示的に支援すること
内部通報制度を“活用される制度”へと変えるための仕掛け作り
意見を言った社員が守られ、評価されるという実例を積み上げること
など、小さな積み重ねが不可欠だ。
沈黙の組織は、やがて誰にも守られなくなる。だからこそ、今この瞬間から「沈黙を破る」文化と構造を育てるべきだ。
それはガバナンス改革ではなく、“人間的な組織”を再構築するための第一歩でもある。
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