ワークライフバランスと法令遵守を混同していませんか?人事担当者が知っておくべき重要な違い
- 吉田 薫
- 10月17日
- 読了時間: 6分

はじめに
企業の人事担当者の方々と話をしていると、ワークライフバランス(WLB)と法令遵守を混同されているケースに頻繁に遭遇します。
たとえば、過去の大きな労働問題が報道されたとき、「WLBの欠如が原因」という解説を目にしたことはありませんか?
実は、この理解は正確ではありません。そして、この混同が企業に大きなリスクをもたらす可能性があります。
本記事では、WLB推進の専門家として、この重要な違いを解説し、貴社のリスク管理と真の働き方改革に役立つ情報をお届けします。
1. WLBと法令遵守は「別レイヤー」の概念
1-1. 二層構造で理解する
多くの企業が見落としている点があります。それは、法令遵守とWLBは次元が異なるということです。
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【レイヤー2】ワークライフバランス
多様な働き方の選択肢提供・組織文化の醸成
推奨される取り組み
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【レイヤー1】法令遵守(コンプライアンス)
労働基準法・労働安全衛生法・ハラスメント防止法の遵守
法的義務・違反は罰則対象
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1-2. それぞれの役割
【レイヤー1:法令遵守】
性質:法的義務
目的:労働者の最低限の権利保護
違反時:刑事罰・行政処分・民事責任
対象:すべての企業に等しく適用
【レイヤー2:ワークライフバランス】
性質:推奨される取り組み
目的:多様な人材の活躍・持続可能な成長
未実施時:法的罰則なし(競争力低下のリスク)
対象:企業が自主的に選択
重要なポイント:レイヤー1なくしてレイヤー2はあり得ません。法令遵守は土台であり、WLBはその上に構築される上層階なのです。
2. ケーススタディから学ぶ教訓
2-1. 電通事件が示すもの
2015年の電通事件は、日本の労働環境に大きな影響を与えました。この事件から学ぶべき教訓は何でしょうか。
発覚した問題:
月100時間を超える違法な時間外労働
労働時間の過少申告(組織的な記録改ざん)
パワーハラスメントの放置
これは「WLBの欠如」ではありません。労働基準法違反、パワハラ防止法違反という明確な法令違反です。
しかし、多くの報道や解説では「働き方改革が必要」「WLBの重要性」という文脈で語られました。これにより、法令違反という本質が見えにくくなってしまったのです。
2-2. 制度があっても機能しない理由
興味深い事実があります。電通には事件当時、「働き方改革推進室」が存在していました。
これは何を意味するのでしょうか。
制度の整備(WLB)と法令遵守は別物だということです。いくらWLB施策を導入しても、法令遵守という土台がなければ意味がありません。
2-3. フジテレビ事例から見る「表向きホワイト」の危険性
2024年のフジテレビ問題も、同様の構造を持っています。
同社は以前から、充実したWLB制度を謳っていました:
リモートワーク制度
フレックスタイム
育児・介護支援
働きがい改革推進室
しかし、外部調査で明らかになったのは:
ハラスメントが常態化していた
相談窓口が機能していなかった
制度を使うと不利益を被る文化があった
教訓:「制度の有無」と「法令遵守」と「実効性」は全く別の問題です。
3. なぜこの混同が起きるのか
3-1. 「働き方改革」という包括的な言葉
「働き方改革」という言葉が、すべてを一緒くたにしてしまう傾向があります。
本来、働き方改革には:
法令遵守レベル(必須・罰則あり)
WLB推進レベル(推奨・自主的)
の両方が含まれますが、この区別が曖昧になりがちです。
3-2. 「制度」への過信
多くの企業が陥る罠があります。
「WLB制度を導入すれば、労働問題は解決する」
という思い込みです。
しかし現実は:
制度があっても法令違反は起こる
制度があっても使えない文化では意味がない
制度は「免罪符」にはならない

4. 貴社のリスク診断チェックリスト
自社の状況を正しく把握するために、以下のチェックリストをご活用ください。
4-1. 【必須】法令遵守チェック
これらは法的義務です。1つでも該当する場合、早急な是正が必要です。
労働時間管理
□ 36協定を締結し、労働基準監督署に届出済みか
□ 時間外労働の上限(月45時間・年360時間、特別条項でも月100時間未満)を遵守しているか
□ 労働時間の正確な記録・管理ができているか
□ 未払い残業(サービス残業)はゼロか
ハラスメント対策
□ ハラスメント防止規程を整備しているか
□ 相談窓口が実際に機能しているか
□ ハラスメント発生時の対応手順が明確か
□ 加害者への適切な処分を実施しているか
健康管理
□ 従業員の健康状態を適切に把握しているか
□ 産業医・保健師との連携体制があるか
□ ストレスチェックを実施し、結果を活用しているか
□ 長時間労働者への医師面談を実施しているか
4-2. 【注意】リスク兆候チェック
法令遵守はできていても、以下に該当する場合は要注意です。
□ 「頑張る文化」が強く、休暇取得に心理的障壁がある
□ 長時間労働が評価につながる傾向がある
□ 制度はあるが実際には使いづらい雰囲気
□ 若手社員の離職率が高い(年20%以上)
□ 「業界の常識」という言葉で問題を正当化している
4-3. 【推奨】WLB推進チェック
法令遵守ができている前提で、さらに以下を実施できているか確認しましょう。
□ 多様な働き方の選択肢(フレックス・リモート等)があるか
□ 育児・介護との両立支援が充実しているか
□ 働き方の違いによる不利益がないか
□ 成果で評価され、労働時間で評価されていないか
□ 個人のライフステージに応じた選択が尊重されているか
5. 正しいアプローチ:当社の考え方
5-1. ステップ・バイ・ステップのアプローチ
私たちは、WLB推進を以下のステップで支援しています。
【ステップ1】法令遵守の徹底(必須・最優先)
まず、法令遵守状況の完全な可視化を行います。
労働時間管理の実態調査
ハラスメント防止体制の評価
健康管理体制のチェック
法令違反リスクの洗い出しと是正計画の策定
【ステップ2】組織文化の診断
法令遵守ができている前提で、組織文化を診断します。
従業員エンゲージメント調査
制度と実態のギャップ分析
心理的安全性の評価
【ステップ3】WLB施策の設計と実装
土台ができた上で、効果的なWLB施策を設計します。
企業文化に合った制度設計
管理職向けトレーニング
評価制度の見直し
継続的なモニタリング体制の構築
5-2. 「制度」ではなく「実効性」にコミット
私たちが重視するのは、「制度を作ること」ではなく「実際に機能すること」です。
そのために:
定期的な従業員ヒアリング
データに基づく効果測定
経営層へのフィードバック
継続的な改善サイクル
を提供しています。
6. まとめ:正しい理解が企業を守る
本記事の重要ポイント
WLBと法令遵守は別レイヤーの概念。混同すると大きなリスクに
法令遵守は土台。これなしにWLBは成立しない
制度の有無ではなく実効性が重要
過去の事例(電通・フジテレビ)は「WLBの問題」ではなく「法令違反」
正しい順序:法令遵守→組織文化診断→WLB施策
人事担当者の皆様へ
「ワークライフバランス推進」という看板を掲げるのは素晴らしいことです。
しかし、その前に自社の法令遵守状況を正確に把握していますか?
制度は整っているが、実際には機能していないということはありませんか?
真の働き方改革は、正しい理解と正しい順序から始まります。
【無料相談のご案内】
当社では、企業の人事担当者様向けに、法令遵守状況の簡易診断とWLB推進のコンサルティングを行っています。
まずは現状把握から。お気軽にご相談ください。
