大手企業の失態に学ぶ:中小企業が今すぐ取り組むべきコンプライアンス対策
- 吉田 薫
- 2 日前
- 読了時間: 9分
更新日:2 日前

問題は大手企業だけの話ではない
2024年から2025年にかけて、フジテレビや日本テレビなど日本を代表するメディア企業で深刻なコンプライアンス問題が相次いで発覚している。フジテレビでは元SMAPの中居正広氏を巡る性的トラブルへの社員関与が発覚し、「大株主の米ファンドから指摘を受け、フジテレビは第三者委員会を設置」する事態となった。また、日本テレビでも「TOKIO・国分太一氏について、過去にコンプライアンス上の問題行為が複数あったことを確認」し、主要番組からの降板を発表している。
これらの事件を見て、多くの中小企業経営者は「大手企業の話だから自分たちには関係ない」と感じるかもしれない。しかし、それは大きな誤解である。実際には、人権侵害、違法賭博、政界・行政との不適切な関係など、コンプライアンス違反は企業規模に関係なく発生する普遍的なリスクなのだ。
大手企業の失態から見えた構造的問題
内部通報制度の機能不全
フジテレビの事例では、「コンプライアンス・相談窓口すべてが甘かった」という指摘がなされている。大手企業でさえ、制度があっても実際には機能していなかったのだ。中小企業においては、そもそも相談窓口が存在しない、または形だけの制度になっているケースが多い。
権力の集中と監視機能の欠如
メディア業界の特殊性として、有名タレントや幹部社員への権力集中があるが、これは中小企業でも同様の構造が見られる。社長や幹部に権限が集中し、チェック機能が働かない環境では、コンプライアンス違反が発生しやすく、発覚も遅れがちだ。
「業界の常識」という危険な思考
「業務の延長線上において性暴力があったと認定された」「組織的に、セクハラが蔓延している」という状況は、業界内での「常識」や「慣習」が法的・倫理的な基準よりも優先された結果である。中小企業でも「うちの業界ではよくあること」という認識が危険な状況を招く。
中小企業が直面する現実的なリスク
従業員の人権侵害
セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、長時間労働の強要など、人権侵害は企業規模に関係なく発生する。特に中小企業では、密接な人間関係や権力構造により、被害者が声を上げにくい環境になりがちだ。
違法賭博・反社会的勢力との関係
接待や営業活動の一環として始まったオンラインカジノや違法賭博への関与、知らぬうちに反社会的勢力との取引関係に巻き込まれるリスクは、むしろ中小企業の方が高い場合がある。
政界・行政との不適切な関係
許認可業務や補助金申請において、政治家や行政官との不適切な関係を築いてしまうリスクは、地方の中小企業にとって身近な問題である。

中小企業の現実的課題と解決策
中小企業が直面する3つの壁
人手不足による専門チーム設置の困難 従業員30名以下の企業では、専任のコンプライアンス担当者を置くことは現実的ではない。
外部委託の限界 外部に全面的に依存すると、自社にノウハウが蓄積されず、持続可能な体制を構築できない。
若手社員の権限不足 業務負担を考慮して若手に担当させても、社内ヒエラルキーが低く、実効性のある推進ができない。
中小企業に最適化されたコンプライアンス体制構築法
「経営幹部主導+外部専門家サポート」モデル
基本構造
責任者:経営者または取締役が直接担当
実務担当:管理部門の中堅社員(課長・主任クラス)
外部アドバイザー:弁護士や社労士と月1回の定期相談契約
具体的な運用方法
月次運用サイクル 第1週:社内の気になる事案の収集・整理(実務担当) 第2週:外部専門家との相談会(経営幹部+実務担当) 第3週:必要な対策の社内展開(経営幹部主導) 第4週:進捗確認と次月の課題整理(実務担当)
「部門ローテーション制」による全社巻き込み型アプローチ
仕組み
各部門から1名ずつ「コンプライアンス推進担当」を選任(兼務)
3ヶ月ごとに担当部門をローテーション
経営幹部が全体をコーディネート
メリット
全部門に当事者意識が生まれる
部門特有のリスクを現場目線で発見できる
若手でも「部門代表」として発言力を持てる
運用例
4月-6月:営業部門担当 → 取引先との関係性をチェック 7月-9月:製造部門担当 → 安全管理・労務管理をチェック 10月-12月:管理部門担当 → 経理・人事のプロセスをチェック 1月-3月:全部門合同 → 年間総括と次年度計画策定
「段階的内製化」による持続可能な体制づくり
第1段階(導入期):外部依存度70%
外部専門家による現状分析と基本制度設計
社内担当者への基礎知識移転
初期の規程・マニュアル作成
第2段階(定着期):外部依存度50%
日常的な運用は社内で実施
複雑な案件のみ外部相談
社内担当者のスキルアップ研修
第3段階(自立期):外部依存度30%
基本的な判断は社内で完結
法改正情報の収集・分析も社内で実施
外部は年次レビューとアドバイザリーのみ
「実務に即した」現実的な内部通報制度
従来の問題点
大企業の制度をそのまま導入すると形骸化しやすい
社内の人間関係が密すぎて匿名性の確保が困難
中小企業版解決策
A. 複数ルート設置法
ルート1:直接経営者への相談(緊急時) ルート2:外部カウンセラーへの相談(心理的安全性重視) ルート3:業界団体の相談窓口(業界特有の問題) ルート4:労働基準監督署等の公的機関(法的問題)
B. 「定期面談」による予防的アプローチ
半年に1回、全社員と経営幹部との個別面談
業務の困りごとや職場環境について率直に聞く
問題の早期発見と関係性の改善を図る
「習慣化」を重視した継続的な取り組み
週次の小さな積み重ね
毎週月曜朝礼で「今週の注意点」を1分間共有
毎週金曜終業時に「気になったこと」を匿名で収集
月末に「今月のコンプライアンス振り返り」を5分実施
実践的な教育方法
朝礼での「1分間コンプライアンス」(実際の事例を基に)
社内報での「コンプライアンスクイズ」(景品付き)
外部研修参加者による「社内勉強会」(月1回)
相談窓口を機能させるための心理的ハードル克服法
相談窓口が機能しない2つの根本的問題
A. 内部相談への抵抗感
「面倒に巻き込まれたくないから、見て見ぬふりをする。」という心理が働く
「密告者」というレッテルを貼られることへの恐怖
職場の人間関係悪化への懸念
B. 外部相談への不信感
「結局、会社に伝わって何も変わらない」という諦め
外部機関の対応力への疑問
匿名性への不安
解決策1:「相談」から「改善提案」への意識変革
従来のアプローチ(問題点)
通報者 → 告発・密告 → 処罰・排除
新しいアプローチ(改善型)
提案者 → 改善提案 → 組織の進化
具体的な実施方法
窓口名称を「コンプライアンス相談窓口」から「職場改善提案窓口」に変更
「問題を指摘する」ではなく「より良い職場にするための提案」として位置づけ
提案者を「改善のパートナー」として評価する文化を醸成
解決策2:「予防型相談制度」の導入
従来型(事後対応)の問題点
問題が深刻化してからの通報となり、解決が困難
通報者も勇気を要するため、心理的ハードルが高い
予防型(事前相談)の特徴
「これって問題になるかな?」レベルの軽い相談を推奨
月1回の「なんでも相談デー」を設定
「困ったときの相談相手」として窓口を位置づけ
成功事例:中小製造業A社(従業員50名)
実施内容: ・毎月第2金曜日を「職場改善相談デー」として設定
・社長が必ず参加する1時間の座談会形式
・「最近気になること」を気軽に話せる雰囲気作り
結果:
・年間24件の相談(うち7件が重要な改善につながる)
・「小さな問題のうちに解決できて助かった」という声
・職場の風通しが格段に改善
解決策3:「段階的エスカレーション制度」
多くの相談者は「いきなり大事にしたくない」と考えている。この心理を活用した段階的な仕組みを構築する。
第1段階:気軽な相談
直属上司または人事担当者への相談
「アドバイスが欲しい」レベルの軽い相談
第2段階:正式な相談
外部専門家(顧問弁護士・社労士)への相談
解決策の検討と実行
第3段階:公的機関への通報
労働基準監督署等への通報
法的措置の検討
実例:中小サービス業B社(従業員30名)の成功事例
問題:パワハラ疑いのある上司への対応
従来なら:
被害者が我慢 → 限界まで耐える → 突然の退職 → 会社も対応できず
段階的対応:
第1段階:
人事担当への相談「上司の指導がきつくて...」 → 人事が状況確認、上司への指導方法改善アドバイス
第2段階:
外部カウンセラーへの相談 → 専門的なアドバイスと具体的改善計画の策定
結果:
大きな問題になる前に解決、上司も指導方法を改善
解決策4:「成功事例の積極的共有」による信頼構築
相談窓口への信頼を高めるため、実際の改善事例を匿名で共有する。
共有事例(実際の中小企業での成功例)
事例1:働き方改革の実現
相談内容:「残業が多くて家族との時間が取れない」 対応:業務プロセスの見直しと人員配置の最適化 結果:月平均残業時間が40時間から15時間に減少
事例2:職場環境の改善
相談内容:「休憩室が使いにくい」という軽い相談 対応:社員アンケートを実施し、レイアウトを変更 結果:社員満足度が大幅向上、コミュニケーションも活発化
事例3:スキルアップ支援
相談内容:「新しい技術についていけない不安」 対応:外部研修の受講機会提供と社内勉強会の開催 結果:技術力向上と社員のモチベーション向上
解決策5:「外部相談窓口」の実効性向上策
「内部通報制度を単なる形式的な仕組みとするのではなく、企業文化の一部として根付かせていく」ことが重要である。
外部窓口の選定基準
企業規模と業界特性を理解している専門家
定期的な企業訪問とフォローアップが可能
具体的な解決策を提示できる実務経験
外部窓口との連携強化策
月1回の定期報告会(匿名化された課題の共有)
四半期ごとの改善提案会議
年1回の制度見直しと改善検討

思想の転換:「監視」から「支援」へ
従来の発想(監視型)
悪いことをする人を見つけて罰する
問題を指摘する人を「密告者」として見る
相談=問題の発覚=処罰という図式
新しい発想(支援型)
困っている人を助け、組織をより良くする
問題を提起する人を「改善のパートナー」として評価
相談=改善の機会=組織の成長という図式
この思想転換により、「内部通報は、組織にとって自浄作用を発揮させるきっかけにもつながります」という本来の目的を達成できるようになる。
経営リスクとしてのコンプライアンス
コンプライアンス違反は単なる法的問題ではなく、深刻な経営リスクである。フジテレビの事例では、「明治安田生命、トヨタ自動車などの大手スポンサー中心に75社以上がコマーシャルを差し替えて」おり、経済的損失は計り知れない。
中小企業にとって、一度の大きなコンプライアンス違反は会社の存続に関わる問題となりうる。予防投資として適切な対策を講じることは、長期的な企業価値の向上につながる。
まとめ
大手企業の失態は、組織の規模に関係なく発生しうる普遍的な問題を浮き彫りにしている。中小企業だからこそ、身軽に、そして実効性のあるコンプライアンス体制を構築できるはずだ。
重要なのは完璧な制度を作ることではなく、継続的に改善し続ける姿勢である。今回の大手企業の事例を他山の石として、自社の現状を見直し、実践的な対策に取り組むことが、持続可能な企業経営の基盤となるだろう。
コンプライアンスは「守らなければならないルール」ではなく、「企業と従業員、そして社会全体を守るための仕組み」として捉え、前向きに取り組んでいきたい。
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