「負け組」と呼ばれた日産──ルーズヴェルト・ゲームとの奇妙な共通点
- 吉田 薫
- 3月21日
- 読了時間: 3分

2024年秋、ひとつの小さなニュースが静かに波紋を広げた。日産自動車、13年ぶりに社会人野球部を復活。かつて都市対抗野球で名を馳せた名門チームが、長い沈黙を破って再びグラウンドに帰ってくる。
この報せに、「今、なぜ野球部?」と首を傾げる向きも少なくなかった。だが、この一見地味なニュースは、企業再生の物語の“序章”かもしれない。
脳裏にふと浮かんだのは、池井戸潤の企業小説『ルーズヴェルト・ゲーム』である。物語の舞台は中堅精密機器メーカー「青島製作所」。経営危機に陥った企業が、赤字部門だった野球部の活躍と、新製品開発という二本柱を軸に、社内の士気と誇りを取り戻していく。
その構造は、今まさに日産が置かれている状況と、驚くほど似ている。
◆ 栄光の先にあった、長い混迷
“技術の日産”“走りの喜び”——。かつてそう称された日産には、輝かしい時代が確かに存在した。
リーフによるEV市場の先駆け、GT-R・Zといったスポーツカー文化、e-POWERの独自性。だが、栄光はやがて制度疲労を起こし、カルロス・ゴーン体制の崩壊以降、日産は長い漂流を続けることとなる。
ルノーとの資本関係は対等とは言えず、ブランドの力も弱まり、EVシフトの流れでも先行したはずが、いつの間にかテスラやBYDに抜き去られた。
社員の間では、成果よりも忖度、革新よりも手堅さが重視され、現場の声は経営に届きづらくなっていた。かつての“勝ち組”が、じわじわと「負け組」の空気に染まっていく様子。これはフィクションの青島製作所だけの話ではない。
◆ 野球部の復活が意味するもの
日産野球部は、もともと1950年代から存在していた歴史あるチームである。多くの社員が野球部の応援に駆けつけ、若手が活躍すれば部署の士気が上がる、そんな社内文化の中核を担っていた。
しかし2010年、経営合理化の名のもとに廃部。それから13年を経ての復活は、単なるスポーツ復興ではない。
「今の若手に、応援したくなる存在があるだろうか?」
「“日産で働く誇り”を感じられる場面があるだろうか?」
野球部の復活は、その問いへの最初の答えかもしれない。それは、会社としての“誇り”を再び掘り起こすプロジェクトであり、目に見えない企業文化の再構築の“火種”である。
◆ 青島製作所と日産の重なる軌跡
『ルーズヴェルト・ゲーム』では、負け続きだった野球部の快進撃と、開発部による画期的なイメージセンサーの完成が、同時並行で描かれる。このふたつの出来事は、それぞれ社員の“感情”と“合理性”を刺激し、企業全体に「もう一度戦える」という空気を生んでいく。
日産もまた、社会人野球部を通じて社員の「感情」を、EV開発や製品改革を通じて「技術への誇りと合理性」を取り戻す必要がある。
象徴的なのは、次期CEOに就任する予定のエスピノーザ氏が「製品企画出身」であることだ。久々に「現場」と「モノづくり」を知る人材がトップに立つことで、開発部門や若手社員の間に希望が灯り始めている。
◆ “負け組”からの物語はここから始まる
日産はいま、ちょうど青島製作所が物語の冒頭で立っていた分かれ道にいる。
「コスト」を削って延命するか。
「文化」と「技術」に再び賭けるか。
社員の誇りを取り戻し、「自分たちはまだやれる」と信じさせる物語を描けるかどうか。それが逆転の第一歩になる。日産の社会人野球部の復活は、その物語の“最初の1ページ”かもしれない。
【次回予告】
次回は、『ルーズヴェルト・ゲーム』の青島製作所が、どうやって「逆転の物語」を描いたのかを丁寧に紐解いていきます。社員の士気を取り戻す“象徴”とは何か?「誇り」「物語」「技術」がどう企業を生き返らせるのか。逆転劇の核心に迫ります。
ルーズヴェルト・ゲーム
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